東京高等裁判所 平成2年(ネ)3954号 判決 1992年3月31日
控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。) 東京都
右代表者知事 鈴木俊一
右指定代理人 町田積夫
<ほか三名>
被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。) 甲野一郎
右法定代理人親権者父 甲野太郎
同母 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 弓仲忠昭
同 大森浩一
主文
原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。
事実
(申立て)
一 平成二年(ネ)第二四二一号事件
控訴人は、主文第一、第二、第四項同旨の判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
二 平成二年(ネ)第三九五四号事件
被控訴人は、「原判決を次のとおり変更する。控訴人は、被控訴人に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年九月七日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決及び第二、三項につき仮執行の宣言を求め、控訴人は、主文第三項同旨の判決を求めた。
(主張)
当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
1 原判決二枚目裏一〇行目の「当時、」の次に「東京都」を加え、同三枚目表一行目の「警視庁」以下を「、控訴人には警視庁が置かれ、控訴人はこれを管理、運営している。」と改め、同四行目の「所在」の次に「の」を加え、同五行目から同六行目にかけての「付近にて」を「付近において」と、同末行の「原告が」から同裏一行目の「心良しとしない」までを「被控訴人の応答の態度を不快とした」と、同四行目から同五行目にかけての「、明確な同意を与えていないにもかかわらず」を「同意しておらず、また、被控訴人の両親は近くに居住しており、特にその母はその時在宅していたのにその同意をとることもなく」と、同一〇行目の「手拳にて」を「手拳で」と、同行の「過程で」を「途中、本件氏名不詳の警察官から三回にわたり」と、同末行の「指紋を採取され、靴型も採られた」を「指紋及び靴型を採取された」と改め、同四枚目表一行目の「亀有署」の次に「所属」を、同行の「右」の次に「(一)ないし(四)の」を加え、同九行目の「ところ」を「が」と改め、同末行の「対する」の次に「前記(一)ないし(四)の一連の」を、同裏六行目の冒頭に「(一)」を、同七行目の「嫌疑で」の次に「職務質問及び」を加え、同九行目から同一〇行目にかけての「前記傷害を負ったものであって」を「、前記傷害を負ったものであり、さらに指紋及び靴型まで採取され」と、同末行の「苦脳」を「苦悩」と改め、同五枚目表二行目の「一〇〇万円」の次に「の支払」を加え、同行の次に行を改めて、次のとおり加える。
「(二) 被控訴人は、本件被控訴人訴訟代理人らに本訴の提起、遂行を委任し、その報酬の支払を約しているが、右弁護士費用のうち一五万円は、控訴人の本件不法行為と相当因果関係のある被控訴人の損害である。」
2 原判決五枚目表四行目の「対し、」の次に「国家賠償法一条一項に基づき、右損害金一一五万円のうち」を加える。
3 原判決五枚目裏一行目の「亀有署」の次に「所属」を、同七行目の「こと」の次に「、同行について被控訴人の母の同意をとっていないこと」を、同八行目の「強制連行ではなく、」の次に「保護者については、被控訴人の両親が自宅に在宅しているか否かを確かめたところ、両親は不在である旨述べ、両親の連絡先も判然としなかったため、その同意をとらずに同行したものであり、」を加え、同六枚目裏一行目の「本件」を削り、同末行の「入って来て、」の次に「「春子のお母さんに頼まれた。」と言って、」を加え、同七枚目表一行目の「物色した」を「物色し始めた」と、同行の「駄目といって」を「だめと言って」と改め、同二行目の「行ったこと」の次に「、その少年の服装は青色半袖シャツ、青色半ズボンであったこと、右少年はいつも近くのセブンイレブンにいることなど」を、同八行目の「見ている」の次に「白色上下の服装の」を、同九行目の「指差し、」の次に「服は異なっているが」を、同末行の「戻り、」の次に「付近にいた」を、同裏一行目の「質問した。」の次に「これに対し、」を、同行の「ありません。」の次に「僕が甲野君(被控訴人)とここに来たら、女の子が泣いていたのです。」を加え、同二行目の括弧書きを削り、同三行目の「旨」を「と」と改め、同一〇行目の「行われた」の次に「との」を加え、同行の「少年係員」を「少年係の警察官」と、同八枚目表六行目の「した結果、」を「したところ、A少年は、「ジュース代が欲しかったので、乙山さんの家に入り、お金を捜していたら女の子に見つかり、自宅に逃げ帰って服を着替えた。何も取っていない。甲野君には外で人が来ないかどうか見ていてもらった。」と、また、被控訴人も「A君にここにいるように言われて外を見ていた。」とそれぞれ供述したので、」と改め、同七行目の「犯行であり」の次に「、」を、同行の「加担した」の次に「可能性もある」を、同裏六行目の「させ、」の次に「同日午後零時二〇分ごろ、」を、同八行目の「亀有署」の次に「防犯課」を加え、同末行の「説明した」を、「話し、被控訴人は、直ちに手記の作成を始めた」と、同九枚目表一行目の「巡査部長ら」を「巡査部長及び宮西巡査長」と改め、同四行目の「手記」の次に「作成」を加え、同五行目の「するなどしていたところ」を「していたが」と、同裏六行目の「事実」を「ことも指紋、靴型を採取したこと」をと改める。
4 原判決九枚目裏九行目の「うち、」の次に「昭和六一年九月七日午前、A少年が本件窃盗未遂被疑事件を犯したこと、」を、同行の「おいて」の次に「右事件の共犯の嫌疑で」を、同一〇枚目表一行目の「電話連絡」の前に「同日午後、」を加え、同四行目の「一三才」を「一三歳」と、同五行目の「覚えなき」を「覚えのない」と改め、同六行目の「突然」の前に「宮西巡査長に」を、同八行目の「原告は、」の次に「本件踊り場から階下に降りるよう命じられ、」を、同裏二行目の「左頬部を」の次に「本件氏名不詳の」を加える。
(証拠関係)《省略》
理由
一 本件の事実関係については、次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由一の説示を引用する。
1 原判決一一枚目表三行目から同九行目までを次のとおり改める。
「被控訴人が、昭和六一年九月七日当時、東京都葛飾区立葛美中学校の一年生であったこと、控訴人は普通地方公共団体であり、控訴人には警視庁が置かれ、控訴人はこれを管理、運営していること、右九月七日午前、A少年が本件窃盗未遂被疑事件を犯したこと、本件一一〇番指令を受けて駆け付けた亀有署所属の警察官らが、本件踊り場付近で、本件窃盗未遂被疑事件の見張りをしていたか否かについて被控訴人に対し職務質問をしたこと、その後、本件警察官らが、被控訴人を警察の自動車で亀有署まで同行したこと、右同行後、亀有署において、被控訴人は手記を書かされ、同署の警察官らが被控訴人から事情聴取をしたこと、右同日午後、電話連絡を受けて被控訴人の母花子が亀有署に赴き、被控訴人の引渡しを受けたことは当事者間に争いがない。」
2 《証拠改め、付加省略》
3 原判決一二枚目表三行目の「、その日は」から同五行目の「ころ」までを「は日曜日で、本件都営住宅○号棟の自宅でテレビを見ていた被控訴人(当時一三歳)は」と改め、同六行目の「A少年」の次に「(一三歳)」を加え、同九行目の「同」を「本件」と、同裏四行目の「ところ」を「間に」と改め、同行の「三〇六号の」の次の「本件」を削り、同一〇行目の「調査せよ」の前に「急行して」を加え、同一三枚目表三行目の「本件」を削り、同四行目の「その娘の」の次に「八歳の」を加え、同六行目から同七行目にかけての括弧書きを削り、同九行目の「駄目」を「だめ」と、同行の「なにも」を「何も」と改め、同末行の「あったこと」の次に「、右少年は近くのセブンイレブンでよく遊んでいること」を加え、同裏五行目の「家人」を「A少年の母」と、同行の「旨」を「と」と、同九行目の「状況」を「内容、被疑者の服装」と改め、同行の「警視庁」の次に「通信」を加え、同一四枚目表二行目の「旨」を「と」と改め、同八行目の括弧書きを削り、同一〇行目の「右」を「A」と改め、同裏二行目の「子供達」の次に「やA少年の母」を加え、同三行目の「野次馬が集まっている」を「付近住民らが集まって様子を見ている」と改め、同四行目の「巡査」の次に「長」を、同一五枚目表八行目の「制服警官が」の次に「その場で」を、同九行目の「判断し、」の次に「同日午前一一時一〇分ごろ、」を加え、同一〇行目の「少年係に応援」を「少年係の警察官に応援を」と、同裏二行目の「葛美中学」を「葛飾区立葛美中学校」と、同九行目の「少年係」を「石井巡査部長ら」と、同一六枚目表一行目の「受理」から同二行目の「被害届」までを「受理と被害者宅の実況見分をするよう指示を受け、被害届の用紙等」を改め、同三行目冒頭に「なお、」を加え、同行の「残っていた」を「残り、右事情聴取の推移を見ていた。」と、同七行目の「少年係警察官」を「石井巡査部長」と改め、同九行目の「行くため」の次に「、宮西巡査長にA少年を見守っているよう指示して」を、同裏一行目の「質問」の次に「の様子」を加え、同五行目、同六行目の各「、」を「。」に改め、同一七枚目表八行目から同末行まで及び同一八枚目表二行目の「本件」を削り、同五行目の「始めたが、」の次に「前記のとおり付近には二〇ないし三〇名の付近住民が集まって、事態の推移を注目しており、」を加え、同裏一行目の「である」から同二行目の「さらに」までを「であり、」と、同行の「いるが」を「おり」と、同三行目の「母さんは家にいる」を「母さんも家にいない」と、同四行目の「このため」から同五行目の「さらに」までを「そこで、同巡査部長は」と、同八行目の「うなずいたので、任意同行できる」を「うなずくような素振りを見せたので、被控訴人も同意した」と、同九行目の「連絡をとらずに」を「は連絡をとらないまま」と、同一九枚目表二行目の「本署への無線連絡のため」を「A少年らを亀有署へ同行することを同署へ無線連絡するため」と、同裏五行目から同六行目にかけての「少年係の部屋」を「本件事務室」と、同八行目の「同署少年係の部屋」を「本件事務室」と、同行の「係長」を「警部補(以下「鬼柳警部補」という。)」と、同九行目の「その後、同」を「そして、鬼柳警部補は、被控訴人及びA少年に昼食の要否を確認したが、同人らはいずれも不要である旨答えたので、鬼柳警部補らも昼食をとらずに別件の令状を請求するための事務を続行し、石井」と改め、同二〇枚目表六行目から同裏二行目までを削り、同三行目の「(三)」を「(二)」と改め、同行の「同署」の次に「刑事課所属」を加え、同行の「刑事」を「巡査」と、同四行目の「A少年を別件の窃盗被疑事件につき」を「刑事課でA少年につき疑いを持っていた被害者宅の以前の窃盗被害についても」と改め、同八行目の次に行を改めて、次のとおり加える。
「A少年は後藤巡査の質問に対し、以前にも単独で被害者宅に侵入して現金約五万円を窃取したことを認めた。」
4 原判決二〇枚目裏九行目から同末行までを削り、同二一枚目表一行目の「(五)」を「(三)」と改め、同行の「石井巡査部長は」の次に「、被控訴人の作成した手記により同人の自宅の電話番号が判明したので、同日午後一時ごろ、被控訴人の自宅に電話で連絡をしようとしたが、被控訴人方の電話に出る者がなく、連絡はとれなかった。そこで、石井巡査部長は被控訴人の作成した手記の内容を検討した上、」を、同二行目の「結果、」の次に「被控訴人の説明は従前と同様であり、A少年の入った部屋も、その部屋に入った目的も知らないというのみで」を加え、同五行目を「再度、被控訴人方に電話連絡をした。そして、石井巡査部長は、電話に出た母花子に対して、本件窃盗未遂被疑事件の概要と被控訴人を亀有署に同行した経緯について説明し、被控訴人の引取りを求めた。」と改め、同行の次に行を改めて、次のとおり加える。
「このように被控訴人が手記を作成していた間、両補導室のドアは常時開け放されており、途中、被害届を持参した制服着用の長洞巡査長が短時間立ち寄ったほか、石井巡査部長、宮西巡査長以外に被控訴人が在室する補導室に入室した者はなかった。」
5 原判決二一枚目表六行目の「(六)」を「(四)」と、同七行目の「引渡され」を「引き渡され」と改め、同一〇行目から同裏七行目までを削り、同八行目の「(二)」を「(一)」と、同行の「これを聞いた太郎は、ただちに」を「同月八日午前七時二〇分ころ、太郎は、被控訴人が警察官から前日暴行を受けたとして」と、同末行の「他一名の警察官」を「及び同署刑事課盗犯捜査第四係長警部補訴外古賀和彦」と改め、同二二枚目表二行目の「終わった。」の次に「この際、太郎は、被控訴人の左頬部の受傷は取り上げていたものの、本件踊り場での暴行及び頭部の受傷には何ら言及しなかった。」を加える。
6 原判決二二枚目表三行目から同裏五行目までを次のとおり改める。
「右警察官らが、被控訴人方を辞した直後、被控訴人は、前日暴行を働いた警察官は右三名の中の宮西巡査長である旨両親に告げた。そこで、父太郎の指示を受けた母花子が、右古賀係長を呼び戻し、その旨を告げたが、古賀係長らはそのまま亀有署に戻った。
(二) 太郎は、被控訴人を同日午前一〇時ごろ、東京葛飾医療生活協同組合金町診療所(以下「金町診療所」という。)において受診させた。同診療所の比嘉邦雄医師(以下「比嘉医師」という。)が、被控訴人及び診察に立ち会った太郎の説明に基づき、被控訴人を診察したが、被控訴人が殴られたと説明した部分は、左眼窩上方(被髪外)と左頬部の二か所である。そして、被控訴人の左頬部に腫脹及び圧痛が認められたが、その他、問診の結果では頭痛、吐気及び嘔吐はなく、比嘉医師が、被控訴人の頭部を前後左右に押さえてみたが異常はなく、また、開口障害も見られなかった。レントゲン撮影は左頬部を中心に、正面、左側方の二枚を撮影したが、骨折は認められず、左側頭部を中心とする撮影は行わなかった。そして、右診察の結果、比嘉医師は、被控訴人の受傷を頭部左頬部打撲傷により初診時から約一週間の加療・経過観察を要するものと診断した旨の診断書を作成した。頭部については、殴られたとする被控訴人らの説明のほか、自覚・他覚症状は認められなかったものの、同医師は一応経過観察の意味で右の頭部打撲傷の病名を記載したものである。
その後、被控訴人は、右金町診療所において、同月一二日、投薬治療を受け、さらに、同月一七日、比嘉医師の診察を受けたが、その際にも前頭部被髪外である左眼窩上方に異常は認められなかった。
(三) 同月七日に被控訴人を帰宅させた後、石井巡査部長は引き続き、A少年から事情聴取を行い、A少年から、被控訴人に人が来ないかどうか外で見ていてほしいと頼んだと述べていたのは嘘であり、ただ待っていてほしいと言っただけである旨の供述を得た。そして、亀有署では、結局、本件窃盗未遂被疑事件はA少年の単独の触法行為であると認め、同月中旬に、A少年につき、同人には以前にも一回窃盗行為があるものの、その反省度、両親の今後の監護の確約等の事情を考慮し、児童相談所に通告せず、同署限りの措置として特段の措置を採らないこととした。
以上の認定に反する原審における太郎、花子、原審及び当審における被控訴人本人の各供述部分は採用できない。」
二 右事実に基づき、被控訴人の本件警察官らの不法行為の主張について判断する。
1 本件踊り場における職務質問について
被控訴人は、本件警察官らが、本件窃盗未遂被疑事件の見張りという事実無根の嫌疑により被控訴人に対する職務質問をした旨主張する。
しかし、前記の事実によれば、本件踊り場及びその付近に前記警察官らが臨場した時点で、A少年が本件窃盗未遂被疑事件を犯したと疑うに足りる相当な状況が存在したというべきであり、そのA少年が、当初その嫌疑を否認して被控訴人の説明を聞くよう求めており、後には被害者宅への侵入を認めたものの、「甲野君には外で人が来ないかどうか見ていてもらった。」と述べ、また被控訴人も「A君にここにいるように言われて待っていた。」と述べていたのであるから、そのような状況の下で右警察官らが事実を確かめるため被控訴人に職務質問をし、事情を聴取したことには何ら問題とすべき点はなく、また、事情聴取に当たっては多数の付近住民らが近くに集まって注目している状況にあることにも配慮をしながら行っているのであるから、右職務質問に違法があったということはできない。
2 本件踊り場における暴行について
被控訴人は、本件踊り場での事情聴取の途中、宮西巡査長から左側頭部を手拳で二回殴打された旨主張し、《証拠省略》中には右主張に沿う部分がある。
しかし、前記のとおり、被控訴人が昭和六一年九月八日金町診療所において診察を受けた際、被控訴人が殴打されたと説明した部分は左頬部のほか、左眼窩上方(被髪外)であり、左側頭部(被髪内)ではなかったこと、被控訴人が金町診療所で右同日受診した際も、レントゲン写真は左頬部を中心に撮影されただけであり、左側頭部を中心とする撮影は行われていないこと、《証拠省略》中には、右九月八日当時、被控訴人の左側頭部には直径二ないし三センチメートルの瘤が二個できており、被控訴人及び太郎は比嘉医師にその旨説明し、同医師もこれを触診して確認した旨供述しているが、同日午前一〇時ごろ診察した同医師はこれを認めていないこと、甲第八号証、第一四号証の一でも、右踊り場での暴行については言及されておらず、右同日午前、石井巡査部長ら三名の警察官が被控訴人方を訪れた際にも、太郎は踊り場での暴行及び左側頭部の受傷に言及していないこと、前記のとおり、被控訴人が暴行を受けたと主張する本件踊り場の付近には、当時A少年の母や数名の子供がいたほか、同棟西側踊り場付近には二〇ないし三〇名の付近住民らが集まって様子をうかがい、注目している状況にあったこと、宮西巡査長の質問に対する被控訴人の応答は、うつむき加減でぼそぼそとはっきりしない口調で答えるという状況であったものの、その場の事情聴取の経過の中で宮西巡査長が被控訴人主張のような暴行に出る契機ないし原因となるような特段の事由は認められないことに照らし、被控訴人の主張に沿う右各供述は採用できない。《証拠省略》によっては、被控訴人の右主張事実を認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
3 亀有署への同行について
次のとおり付加、訂正するほか、原判決二六枚目表七行目から同二七枚目裏九行目までを引用する。
原判決二六枚目表九行目の「野次馬」を「付近住民ら」と、同末行の「前記した」を「前記の」と、同裏四行目の「内心の」から同九行目の「推認されるが、」までを「前記のとおり、同意したものと判断される素振りを示しており、」と、同一〇行目の「承諾して」から同末行までを「被控訴人の同意が得られたものと判断して同行した石井巡査部長らの措置に違法はない。」と、同二七枚目表三行目の「ところ」を「が」と、同五行目から同六行目にかけての「この点」から同裏七行目までを「しかし、前記のとおり、石井巡査部長は、被控訴人から自宅には両親とも不在である旨の説明を受けたので、母花子の承諾を得る手続をとらなかったのであるから、この点を違法とすることはできない。」と、同八行目の「してみると」を「以上により」と、同九行目の「言わねばならない」を「いうべきである」と改める。
4 亀有署における暴行について
被控訴人は、本件事務室内の補導室において、本件氏名不詳の警察官から左頬部を手拳で二回殴打された旨主張し、《証拠省略》中には右主張に沿う部分がある。
しかし、全証拠によっても、当時の状況、経過の中で、被控訴人主張のように本件氏名不詳の警察官が手記を作成中の被控訴人に対し暴行に出る契機ないし原因となるような事情は全く認められないこと、前記によれば、被控訴人が本件事務室内の補導室において手記を作成していた間、右補導室のドアは常時開け放たれており、被控訴人からの事情聴取には石井巡査部長及び宮西巡査長のみが当たっており、長洞巡査長及び右両名以外に被控訴人のいる補導室に入った者はいないこと、被控訴人は、同人を殴ったのは私服の警察官である旨供述するが、長洞巡査長は当時制服を着用していたこと、石井巡査部長からの電話連絡を受けて被控訴人を引き取りにきた母花子も、亀有署から自宅に帰るまで、被控訴人の左頬部に傷害があることに全く気付いていないことに照らし、被控訴人の主張に沿う右各証拠は採用できない。
以上によれば、被控訴人は、昭和六一年九月七日から同月八日午前までの間に左頬部に受傷した事実があることは認められるものの、右受傷の原因が、本件事務室内の補導室における本件氏名不詳の警察官の暴行によるものであるとは到底認めることができない。
5 指紋及び靴型の採取について
被控訴人は、本件事務室内の補導室において手記を作成させられていた間に、氏名不詳の警察官から三回にわたり、両手一〇本の指全部の指紋及び靴型を採取された旨主張し、《証拠省略》中には右主張に沿う部分がある。
しかし、被控訴人は当時一三歳で刑事責任年齢に達しておらず、しかも、亀有署に被控訴人が同行された時点では、本件窃盗未遂被疑事件において被害者宅に侵入したのはA少年単独であることは既に判明しており、警察官としては、被控訴人については、被害者宅前付近でA少年に言われて外を見ていたということについて、事情を聴取することを必要としていたのみであること、亀有署としては、A少年の場合と異り、被控訴人については以前に被害者宅に侵入したことがあるのではないかという疑いを持っていたわけではなく、したがってその点についての事情聴取も、調査も必要としていなかったこと、《証拠省略》によれば、A少年についても、本件窃盗未遂被疑事件及び以前の侵入盗に関連して指紋及び靴型は採取したことはなく、結局児童相談所への通告もせずに亀有署限りの措置としたことからすると、被控訴人について指紋及び靴型を採取する理由も必要性も全くなかったと認められることに加え、原審及び当審における被控訴人本人の供述は、指紋及び靴型の採取者、採取方法等についての内容が一貫せず、変転していることを考慮すると、被控訴人の主張に沿う右各証拠は採用できず、他にその主張事実を認めるに足りる証拠はない。
以上によれば、本件事務室内の補導室において被控訴人が指紋及び靴型を採取されたとは到底認めることができない。
6 以上によれば、本件警察官らの不法行為についての被控訴人の主張はいずれも失当である。
三 以上の次第で、被控訴人の本訴請求は理由がなく棄却すべきであり、本件控訴は理由があるから、原判決中控訴人敗訴部分を取り消して被控訴人の本訴請求を棄却し、また被控訴人の本件附帯控訴は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 菊池信男 裁判官 新城雅夫 奥田隆文)